今後、アーティストたちはこれまで聴いたことのないものを聴くことになると確信しています。ビリー・コーガンがエンジニアにこのように言っているところを想像してください。「1993年に『Quiet』のイントロのギターを作ったとき、出だしはリスナーの5kmくらい後ろから聴こえるようにして、それから3.2秒で、ジミー・チェンバレンのドラムが入るのに合わせてリスナーの目の前に落ちてくるようにしたかったんだ」ご存じのように、私はビリー・コーガンではないですし、これは私の作り話です。ですが、もしこの話の続きを考えるなら、彼ならどうするでしょうか?
現代の音楽の多くは、イノベーションに大きな影響を受けています。マルチチャンネル録音に始まり、エレキギターやマイクにシンセサイザー、テープエコーやサンプラー、そしてMIDIやiPodまで、非常に多くのテクノロジーが、音楽の演奏、再生、記録、レコーディング、ミキシング、共有のために発明されました。空間オーディオが登場したことで、ミュージシャン、エンジニア、プロデューサーはこの素晴らしい新たなツールを使い、数千万の人々に新しい3D体験をもたらします。いつだって、すべてはアーティストが新しい1つのツールを試すことから始まります。それがやがては「Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band」や「Pet Sounds」へとつながります。
それは新しいツールを取り入れるアーティストから生み出されます。それはツールを使う人やツールを気に入った人による投資が必要です。子どもの頃、私がビートを作り始めたときは、サンプラーを買うためにたくさん貯金をする必要がありました。サンプラーはすぐに買えるものではなく、店頭にほとんど置かれていませんでした。空間オーディオなら、AirPodsを耳につけ、再生ボタンを押せば、空間オーディオ体験ができます。音楽ファンやアーティストは今、空間オーディオで音楽を聴いたり、空間オーディオで音楽を作る方法を手に入れています。これこそ物事が変化するときであり、そこに座って音楽を聴いている若者に影響を与え、「自分の音楽をこれくらい良いサウンドにしたい」と思わせるようになります。
ここからが本当にワクワクする旅の始まりです。私がステレオの時代に生まれたように、いずれは空間オーディオの時代に生まれた新しいアーテイストたちが登場するでしょう。未来のアーティストたちは空間オーディオしか知らないので、ステレオ録音をしようと思うことなどないかもしれません。空間オーディオを使った音楽制作はますます向上していくでしょう。Appleでは年内に、臨場感あふれる音楽を制作するためのオーサリングツールをLogic Proに直接組み込む予定です。そのため、あらゆるミュージシャンがApple Music向けに空間オーディオを利用した曲の制作やミキシングを、スタジオでも自宅でも、どこにいてもできるようになります。
もちろん、ステレオはこれからも存在します。モノラルが廃止されなかったように、ステレオを廃止しようとする人はいません。私はたくさんのモノラルレコードをコレクションしていますが、それらのレコードはモノラルで聴くことを前提に作られているので、素晴らしいサウンドを響かせます。ステレオで聴くために作られた音楽は、これまで通り、ステレオで見事なサウンドを聴かせてくれるでしょう。しかし今、音楽は空間オーディオを使った環境に向かっています。これは何かの終わりではありません。何か新しいことの始まりなのです。
—ゼイン・ロウ、Apple Music